9月28日
1945 年に核兵器の誕生によって世界大戦が終わってからは核兵器の時代だった。科学としても,原子核・素粒子の物理学が花開いた時代だった。1986 年と 2011 年の原発事故では多くの人々が苦しんだわけだけれど,僕は幸い被害をまぬがれたし,今でも原発のある生活を謳歌している。
1960 年代以降の日本は,戦争がなく,国際化が進展して行動範囲と可能性が広がった時代だった。いい時代を生きてきた,という印象がある。あと 20 年早くても良かった。逆に,10 年遅かったら「乗り遅れ」ていたし,20 年遅かったら厳しい人生だっただろう。辺境で生まれた人間の不利益はここ 20 年で大きく広がった。東京を駆使しない生活,というのは考えられない。
国際化と資本主義の進展は,Brown 運動と同じで,最終的には人々は均等に貧しく,また移動性を失って閉じ込められた状態へと至る。その過程の 40 年であった。
人工知能は 30 年前から話題であったが,僕が最初に本格的な議論に出会ったのは,2008 年に syou6162 が機械学習の本を紹介してくれたときだった。正確にはそれ以外にも色々な手法があったのだけれど,現在の人工知能の祖先はその本のはずだ。そのころの五月祭でも数字を識別するというのをやっていたけれども,その程度だったし,それが限界であるようにも見えた。
それから 20 年が経ったけれども,特に大きな変化があったようには見えない。単に,量的な,連続的な変化にとどまっていたはずで,記念碑的な大きな事件があったようには見えない。だけれども,出力は(数学的に正しい意味で)指数関数的に改善した。どうやら人工知能は自律学習を始めた(あるいはそろそろ始める)ようで,人間の関与なしに人工知能が発展することになった。あるいは,人間が体内の全ての病原性 virus を消滅させられないのと同じように,人類には人工知能の発展をもはや止めることができない時代が既に到達したように見える。
知性というのはそういうものなのかもしれない。脳容積の変化は連続的なはずだけれど,人類は,脳神経細胞の数がある臨界点を超えた瞬間に,知性を獲得した。化学反応により律速されていたから数十万年かかったけれど,人工知能の律速因子は光速と電気抵抗ぐらいだから,1年とか数ヶ月の問題であるような気がする。しかもその数ヶ月はもうほとんど完了している。
そういうわけで一度時代を振り返っておこうと思ったのだ。1996 年ごろまでの生活は,Internet のない,TV 番組と図書『室』だけが情報源で,市域内が行動範囲であった。2004 年ごろまでは,情報源として県立図書館が加わったものの,実際にはほとんど使いこなすことは出来なかった。本はあったけれども,どの本をどう読めばいいかという,本を読む能力がなかったのだった。
そういえば,当時 Internet は通信手段であって情報源ではなかった。Internet が一般市民の情報源となるのは,Wikipedia が出来てからだ。そう思うと,Wikipedia は「革命」であったのだろう。電子辞書を使い始めたのもその頃であったが,逆に言えば,まだ辞書も有用な情報源だった。
結局,学び方を覚えたのは大学時代だった。同級生と輪読を始めたことは大きな転換点だった。
移動能力という意味では,2008年頃からの Wi-Fi の普及は大きかった。海外の携帯電話回線が,容易に使えるようになったのも革命的だった。すなわち,最初に Deutschland に行ったとき(2010 年)は紙の地図を印刷して持って行く必要があったし,Internet を使うために McDonald に行ったものだった。それ以降は現地で Google map を開けるようになった。更に,2014 年に ישראל に住み始めたころからは,Google 翻訳が実用に耐えるようになったし,どこにいても同じ携帯電話(というか iPhone)を使うことができるようになった。人間の移動能力は,ほぼ限界まで向上したのではないかと思う。
するとここからは,移動能力が失われることになる。というか,統治機構にとっては,管理対象である国民が管理領域を超えて自由に移動しはじめる,というのは不利益である。少数であれば問題ないが,多数になると管理に不都合である。よって,統治機構は移動能力の制限を始める。具体的には,証明書の取得を煩雑にしたり,有効期間を短くしたりする。あとは,金融口座や不動産の取得を困難にしたり,管理を厳格にしたりする。資金移動の制限も効果的だ。それらの実現のために,情報の一元管理を進めるようになる。
ちょうど時代の区切りのような気がするので,人工知能の発展と移動能力の簒奪,という2つの keywords をここに置いておくことにする。