佐伯は好きだけど,佐伯の位置は嫌い。佐伯の人は好きだけど,佐伯の人たちは嫌い。
なんでこんなに頑張ったのか,もちろん依頼されたわけだからやるべきことは全力でやるけれど,ここまで頑張る必要もなかったような気がしていて。
ちゃんと嫌いな人を見つけることができてよかった。嫌われるべき人に嫌われるようなことを,首尾よく完遂できた。
無能なのに考えもなしに仕事をしようとして逆効果を及ぼさんとする人間もきちんと居た。避けねばならない人間がいることを再確認できてよかった。
結局,自分が無事にここから抜け出せて,そのまま 20 年間なんとか異土の乞食とならずに過ごすことができたことへの,引け目みたいなものがあったからだとさっき気付いた。
おそらく,というよりはもしかしたら,30 年前に,そういう僕を見て,何とかそこから抜け出させてやろうとした人もいたはずで,もちろん当時の彼らの意図はわからないけれど,そういうことを今度は自分がやる順番になった,と理解すればいいような気がしている。
いま,橋のほとりでこれを書いている(公園がなかったので地べたで。)さっきは日本人が歩いていたが,ちょうどいま,português のような会話が聞こえてきている。どうして彼らは佐伯にいるのだろうか。佐伯も変わりつつあるのか,それともやっぱりまた船を山に登らせるのだろうか。