車を運転できないので,地元を訪れたときには佐伯駅の近辺で過ごすことが多い。Hotel もいくつかあるし,飲食店の多い新町・大手前付近までもギリギリ歩ける距離だから都合が良い。そのせいか,これまでは親戚の他には鶴城高校時代の同級生と会うことがほとんどであった。
このたび初の小学校同窓会が開催され,幹事がとても頑張ってくれたおかげで 10 人以上の同級生と会うことが出来た。全員 25 年ぶりだった。鶴城高校の同級生はいなかった。
「盆」というのはわりと難しい概念で,昭和・平成のころは正月とならぶ祝祭だったが,現在ではその地位を保っていないように見える。佐伯市ぐらいになるとまだ盆踊り・夏祭りをやっているようで,帰省する人で飲み屋街が賑わっていることもあり,「盆」の存在を感じることができるけれど,大分市とか東京にいると盆を感じることはあまり無い。盆というのが,墓参,すなわちイエ制度に強く結びついたものだから,地域外との婚姻だとか,現代の個人主義的価値観とかとはうまく整合しなかったのだろうか。
6月に鶴城高校の生徒向けに行った講演では,「どこで暮らしたいか」として 4 つの層 (layer) を提示した。わかりやすいように「大分」「九州」「日本」「世界」と書いたけれども,あるいは,仕事で用いる移動手段として「自家用車」「特急列車」「新幹線・国内航空」「国際航空」のうちのどれを利用するのか,と定義したほうが正確かもしれない。鶴城高校を卒業した生徒のうち少なくない者たちが,(すくなくとも一度は)東京や海外に出ていくのであろう。
一方で,実際に人間の営みが行われているのは,「大分」の層である。というか少なくとも千年前までは 99% 以上の人間がそのようであったはずで,人類史においてこの千年間は例外的な時代だったと思って良い。
日本の辺境たる佐伯市で生まれ,佐伯市のなかでも辺境で育ったせいか,小中学校時代の人間関係,高校時代の人間関係,大学時代の人間関係,それ以降の人間関係,がすべて隔絶してしまっていた。幹事の努力によって 25 年ぶりに小中学校時代の人間関係が復活したのがとても嬉しい。