みしょのねこごや

Diary - 2026年5月

中間試験が終わり,採点も終わり,講義の準備と,学部生の卒業論文審査の相談と,学生引率旅行の計画と,seminar 講義の講演者への連絡と学生の出席確認に明け暮れている。そういえば先週金曜日の mini test の採点もやらないといけないんだった。

そんな感じで旧知の各位に連絡を取っているのだけれど,東大の人間はみんなどんどん偉くなる,怖い。大叔父の教え子が東大教授をやっているので入学当時に挨拶に行ったのだけれど,久しぶりに名前を調べたら超有名な某機構の理事長になっていた。いろいろな大学の web site の教員一覧を開くと,当時の同級生の名前が当たり前のように出てくる。そういえば某掲示板にいたあの人はどこにいるのか,と思うと,裁判官になっていたり,企業法務の弁護士になっていたり,東京で大学教員をしていたり,神奈川で大学教員をしていたり,超有名企業で働いていたりする。同期に連絡をとってみたら,別の同期が世界中の誰でも知っている会社で先端研究をしていることを聞く。一体何なんだ……。もしかして,あの日,入学式で武道館に集まった(いま振り返れば)ガキたちは,実はみなとんでもない人間ばかりだったのか……?

もちろんそれは外形的な話だとわかっていて,みんな当時の延長線上にあって,各人が各人なりに日々できることをダラダラとやっていった結果なのだろう。というか僕がそうなので,みなもそうだと思いたい。とはいえちゃんと思い返すと,まあ僕は全体の中の真ん中かちょい上ぐらいなので,当時からヤバい人間はヤバくて,ずば抜けて賢かったり,ずば抜けて激務をこなしていたり,その両方だったりする。東京っていうのはそういうところなのか。小学生の頃から心理負荷に耐えて切磋琢磨し続ければ,そういう知的にも肉体的にも頑丈に育つんだろうか。東京は怖いところです。

そういう人たちに email を書くと,なぜだかわからないけれど 10 分かそこらで返ってくる。24 時間働いているんだろうか。いやもちろん日本は午後 6 時だから,勤務時間ではあるのだけれど,突然の email に 10 分で対応する能力の高さはあいにく持ち合わせていなかった。とんでもない界隈ではそれが普通なのかもしれない。

あいにく精神的に頑強ではなかったためにそういう世界から距離をおいて,精神の振幅を小さくして安定化させるために最大強度の 7 割で生きることにしてしまった。できることしかできない,というのは当然なのだけれど,ちょっと卑屈にもなる。本当は金曜日に送ろうと思っていた email は,別の情報を聞いてからにしようと考えて結局今日になった。本当は日曜日に送るべきだった email は,ちょっと気分が乗らないから昨日送った。日曜日の夜に送ろうとした email は,さすがに週末に送るのは失礼かなと思って,今日になってしまった。そんなのんびり人間になってしまった。ときどき,頑強な人間が羨ましくなる。

学部生の卒論発表会が始まった。講義でも,2年生が期末論文を提出してくれた。必然的に,自分が4年生の頃は,2年生の頃は,どのようであったのか,振り返ることになる。

講演のために,さらに昔の記録を見返している。多重に backup をとっているので,色々な記録が出てくる。大学1年生の頃の同級生とのやりとりが出てきた。田舎から出てきた割には,当時の僕は結構頑張っている。ちゃんと日々を生きていたようだ。っていうかトガり過ぎている。いや,それは今でもか。どう見てもヤバい種類の人間なのだけれど,東大の学生たちはみんなオトナなので,それなりに友達付き合いをしてもらっていたようだ。

2年生の期末論文を読むときに,本物の論文を査読するように読むわけにはいかない。とはいえ何の基準もなしに読むこともできない。当然,学部2年生だった頃の自分と比較することになる。すると当然,2年生の頃の自分が出てくる。酒を飲んでいた記憶しかない。いや,それだけではないはずで,好きな授業だけは一番前に座って授業を聞いていたはずだ。それでも二日酔いか寝不足かなにかで,そんなに真面目に講義を聞いていなかったのかもしれない。

当時から優秀で,academia に進んでそうだなと思った人たちの名前を検索してみると,ちゃんと名前が出てきて,それぞれの研究をしっかりやっている。(研究者は情報を出しがちなので,すぐに出てくる。)二週間にも書いたけれど,東大はこわいところです。っていうか理2・3の class だったので,理3のゲキヤバ宇宙人と,理2の生物女子がいて,そこから物理学科に行ったせいで物理のガチ勢とも知り合えたわけか。なんか割と幸運だな。

卒研発表をしている学生は,2 年前に自分が教えた学生なので,発表を聞くのが割と怖くなる。自分がやったことの答え合わせを見ている。

答え合わせといえば,当時あれだけトガっていた自分のような人間を学生の中に見つけると,輪廻転生……ではなく因果応報で,ちょっと怖くなる。それでもそういう学生は好きです。講義に来ずに試験でいい点数を取る種類の学生と,最前列に座っている学生と,授業後に質問をしにきてくれる学生と,office hour に部屋に来てくれる学生が好き。結局,active な学生が好きってだけで,当然のことを言ったまでだった。

答え合わせをするのは怖い。答え合わせで×がついた部分を,今の 2 年生に教える。2 年後に採点結果が返ってくる。得点が上がっていることを願う。4 年生に対しては色々申し訳なく思っているが,結局世の中というのはそういう,運とか巡り合わせとかいったもので動いている。塞翁の話にもあるように,できることしかできないし,なるようにしかならない。

いままさにこの日記を書きながら,当時明らかに優秀だった人の名前を検索してみた。めっちゃキラキラした instagram が出てきた。相変わらずめちゃくちゃ頑張っている。けれども当時と顔が変わっていない。ちょっと嬉しくなる。いや,とても嬉しい。

もう一人検索してみたら,当然のように東大の卓越研究員に……と思ったら見覚えのある名前がもう一人出てきて,めちゃくちゃ偉くなってる,ビビる。何だこれ。うわー。すごいことになっている……。

午前1時になってしまった。明日は電磁気学の講義で,electrodynamics なんだけど,この分野は方向の二択が多くて困る。先週は 3 コマ目に,疲れからか,不幸にも cross product の方向を間違えてしまい,学生の前で崩れ落ちてしまうという大失態をやってしまった。明日はちゃんとやらなければならない……。

目の前に,大学1年生と,2年生と,4年生と,大学院の学生がいて,それぞれの学年だった当時の自分がいて,当時の同級生がいて,いまの自分がいて,同級生がいま遠くで輝いて光っていて,時間は一方向に流れるはずだけれど,螺旋のようにも見えてきて,solenoid coil のようにも,DNA のようにも見えてきて,頭の中がぐちゃぐちゃしている。ぐちゃぐちゃしたから日記を書き始めたのだけれど,さらにぐちゃぐちゃしてしまった。疲れているんだろう。