みしょのねこごや

Diary - 2021年6月

日曜日に無事に Pfizer-BioNTech の vaccine 2 発目を打つことができた。逃げ切ったという感じが強い。やはり持つべきものはまともな政府(とその政府のもとでの居住権)である。(そしてそれに加えて科学(特に分子生物学)と統計学の知識である。接種の判断をする上で大変役に立った。「自分の知性だけしか頼みにできなくなる時代」の始まりである。ちなみに副反応は,1回目は軽い筋肉痛,2回目は「鍛錬遠足」の翌日ぐらいの結構ひどい筋肉痛と,圧倒的な倦怠感と軽い頭痛であった。発熱はなかったので軽度なほうだが,それでも1日ダラダラ過ごすことになった。)

この pandemic というのはとても面白い出来事で,全く同じ課題がほぼ同時期に複数の政府に突きつけられるので,諸国家の性質の違いをつぶさに見ることができる。これまでいくつかの国に住んできた経験,とくに公的な事務手続きを繰り返した経験と,異なる国民性に触れた経験を照らし合わせてみると,やはり面白い。

ישראל の成功は最初から明らかで,なぜならあの国は יהודים の命を守るために存在している国であるから,国民のためには全世界を敵に回してでも国境を閉鎖し,国民を統制し,vaccine をかき集め,(יהודים でない人を含めた)国民の安全を確保するだろうと思っていた。もちろん戦時体制に円滑に移行して国民を正しく統制することができる制度が確立しているというのも大きい。そもそもあの国の人々はだいたい雑で自分勝手なので,「強く賢い政府」でないと普段の統治もまともにできないだろう。日頃から科学を尊重し,実効性を重視した「まともな」統治をしてきた結果が実を結んだのだと思う。

それと比較すると,Italia の場合はだいたいが緩慢なのであまりうまく行かない。こっちの国民は ישראל よりは自律的だけれど,人々も政府も緩慢な感じがある。というか,楽しいことのために生きているんだ,という勢いが強いので,楽しくない pandemic に正面から向き合うのはあまり得意ではなさそうだ。政府の手続き主義・「紙」主義も日本以上でなので,俊敏な対応はできないんじゃないかと思う。最近の news や data は追っていないのでよくわからないが,まあどうせ EU の平均ぐらいの対策をしているだろうし,EU の平均ぐらいの結末になるだろう。

そして我らが Magyarország であるが,正直最初はヤバいんじゃないかと思っていた。国民は日本人なみに自律的……というか控えめ(根暗?)であるように見え,それは COVID 対策には良いことである。問題なのは政府で,権威主義的・旧時代的だから科学なんてマトモに信じないのでは,と思っていた。政治腐敗も進んでいるので,自分たちへの利益誘導に忙しく,国民への対策は後回しになるのでは,と思っていた。のだけれど,蓋をあけてみれば,無事に逃げ切りに成功した。世の中にはよくわからないことが多い。

いちおう(自称)科学者をやっているので,こういう現象もできるだけ理解しようと試みてきたのだけれど,この pandemic に関しては理解できないことが多すぎる。そもそも多体系の極みなので物理学的還元主義では理解できないので,data に基づいた統計学的理解をしなければならないのだけれど,それでも理解できないことが多すぎる。思い返してみれば,COVID-19 にはこれまで 3 つの波があった。世界的に見て,2020 年春の初期感染拡大,夏期休暇に伴う大移動が招いた第二感染拡大,そして目下の変異株感染拡大に分けることができる。最初期は中国と関係の深い「先進国」を直撃し,第二期はその周辺の「中進国」とくに医療体制の脆弱な国が大変なことになった。現在は vaccine 接種の進んでいない発展途上国や,まともな科学的対策ができない国が苦しんでいる。その前提に立った上で,どうして Italia に隣接する Magyarország が最初期の被害を全く受けなかったのか,なぜ第二期で壊滅的な(世界最悪に迫る勢いの)死者数を出したのか,特にその後半(2021年春)の被害が Budapest ではなく辺境の農村部に集中したのはなぜか。Magyar の(極めて優秀な)大学院生にも聞いてみたが,彼にもわからないらしい。COVID の謎は深い。(ということは,科学的な態度としては「これはそもそもよくわからないものである」という視座に立ち,そのうえで「チョットわかる」部分を対策していくことになる。)

Magyarország の場合,たぶん2020年春は「運良く」回避できたのだろう。それに甘えた結果,2020年秋〜2021年春の第二波で「実力」が露呈したように見える。不健康で愛煙家の国民が多い,高齢化の進んだ医療の脆弱な元社会主義国,というのが「1週間で国民の1/5000が死ぬ」というほぼ世界最悪の結果(2021年4月)を招いたのだろう。それなりの対策をしているようには見えたが,それなりの対策をしても,環境が悪ければ,あるいは運が悪ければこうなる。

予想外だったのは,vaccine のかき集め方がものすごく必至だったことだ。ちょうど「西側」と「東側」の中間にいるという歴史的立場を利用したのか,開発が終わるやいなや中国・Россия から購入して即座に提供開始し,さらには Pfizer も Moderna もかきあつめてばらまき,さらには Janssen も AstraZeneca もかきあつめて承認して提供した。こんなに見境のない国は他にないんじゃないか。実際うちの研究室には Pfizer も Moderna も AZ も Janssen も Sputnik もいる。こいつら副反応とかまともに評価してないだろ,みたいな気もしないではないが,まあ「1週間で国民の1/5000が死ぬ」よりはマシなのだろう。いつのまにか国民の半分以上が「完全接種完了」の状態になっていて,これは UK・USA よりも良い数字で,世界最高級である(しかも国民の 10% がすでに本物に感染している)。世界最悪の状況を脱し,現下 COVID-19 を完全に制圧しているのは,この vaccine のおかげなのだろう。もちろんこれは高齢者が Россия に親和的であることや,政府が強権的であり "vaccine passport" の導入を人権に優先したことなど,様々な事情もあっての結果なので,批判しようと思えばできるのだろうけれど,それでも外国人である僕が円滑・迅速に Pfizer の 2 回接種を終えられた(そしてもちろんいまだに COVID-19 に感染していない)という現状を認めて,そしてかなり自由主義的である僕が重大な人権の抑圧を感じていないということを踏まえれば,肯定的に評価するのが適当だろう。(ちなみに政府の都合で,いまの職がいつまで続くのかが不透明になっているらしい。最悪の場合は今年の年末で国を追い出されるらしいのだけれど,どうなるかはよくわからないらしい。まあ vaccine 打ってもらったし,差し引きでチャラかなという気分になっている。)

そういえば Magyarország にはもう一つ良いことがあって,それはどうやら国家の情報統合がそれなりに進んでいるらしいということである。国民健康保険をちゃんと IT で管理しているようで,たとえば処方箋も digital で発行されるし,vaccine の予約もかなり高度な web interface で円滑に行えた。前述の vaccine passport も iPhone app 上に表示されている。外国人の取り扱いに問題があったようで 7 時間ほど事務処理に時間をとられたが,まあ 7 時間で済んだのだからよしとしよう。もうすぐ EU 共通の digital COVID certificate も配られるらしい。日本の状況と比較すると,雲泥の差であるように見える。まあ仮にも欧州連合の一員である国を,日本みたいな後進国と比較するのが失礼である。

唯一不安なのは Magyarország の場合は mRNA vaccine の比率が低いので変異株に対応できないのではないか,という点であって,その場合高齢者を中心に感染拡大するかもしれない。とはいえ僕は Pfizer なので,ישראל の現状と照らし合わせて考えれば,当面は大丈夫なのだろう。1 日 1000 人とかになったらちゃんと考えればよさそう。

まあそういうわけで,僕は無事に逃げ切ることが出来たので,東京で何が起きるのかを楽しみにしている。映画みたいな大混乱を現実で(しかも安全な場所から)眺めることができるわけで,実際に Yuganda からの選手団への対応を巡るゴタゴタはかなり funny で良かった。小池さんもお隠れになっているし,尾身さんも相変わらずの風見鶏っぷりを発揮しているし,とても滑稽で良い。

そもそも日本は「誰も他人を助けない」「誰も責任を取らない」という国である。国民が自律的なので,大体のことは国民が自発的になんとかしてくれる,と政府は思っている。逆に,なにか対策をしてしまえばその決断の責任を取らなければならないので,何もしない方が政府としてはオトクなのだろう。Vaccine 接種も「自己判断」に完全に任せ,lockdown もせずに「自粛」に任せれば,国家はなにもしなくてよくなる。

もちろん気の毒なのは東京 Olympic に出場する選手たちだ。どうやら日本では自粛をしない人々への「社会の目」が厳しいらしい。自粛をせずに週末お出かけをする人の顔に mozaic がかかるような国だから,自粛をせずに Olympic に出場した選手たちは,仮に Olympic で感染拡大が起きれば「自粛をしなかった戦犯」としてつるし上げられるのだろう。まあそもそも Olympic に出場する以上は,出場した責任を取らなければならないので仕方がない。「勝てば官軍,負ければ賊軍」というのは競技の世界の必然であるのだから,選手たちはかなり「賭け事」が好きなのだろう。感染拡大が起きなければ Olympic の大英雄として,感染拡大が起きればそれを招いた戦犯として,Olympic 後の世界を生きるのだろう。

僕はそういうのは御免被りたく,科学の立場として「よくわからないからとりあえず避ける」ような慎重な人間なのだが,他人が人生をかけた賭けをするのを見るのは楽しい。そしてその賭けが失敗してくれれば,なお楽しい。