Diary - Comment書き込み - 2007年05月14日

書き込み対象の日記

しかし世界は終わるべくもなく

そもそも前奏曲なのだから。逆説めいた口笛。


仮定

例えば,毎日夜眠るときに自分が死んでいて,その次の一日は死後の世界であると仮定したら,この世界に対する見方はどのように変わるのだろうか。

我々が外界に対するためのtoolとしては,電磁気的な相互作用,つまり光子を媒介とした相互作用しか存在しないわけで,そのような状況は身体(あるいは脳)の大きさ(その実存自体が問題だが)程度の装置があれば構築可能である。

或いは,そのscaleが個人ではなく国だったり地球だったりすればどうなるのだろうか。或いは本当は世界には沢山の相互作用が存在して,しかし我々は光子のみによって制御されているとするのならどうなるのだろうか。


以上のようなことは別に考えなくても良い。しかし,そもそも世界とは何なのか。僕は生きているわけだが,しかし僕は,僕が生きていない状態を知覚できない。つまり僕にとって僕は常に生きているわけで,となると死というのは外部からしか与えられないものである。

そもそも,生というのは人間の以前に存在した概念であるが,死というのは人間が作り出した概念である。或いは僕が人間から聞かされた概念である。動植物の死まで考えるにしても,単細胞生物には死は存在しない。死は生態系の進化そのものである。


そんなことをふわふわと考えた日だった。ところで僕個人にとって,生きることとは即ち死を選択する権利を維持することである。死ねば死ぬことが出来なくなる。永遠の命はだれにとっても苦痛であろう。

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