書き込み対象の日記
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長崎に行ってきた。
今回も式典に参列したわけだが,ちょっと出遅れたために入場制限に引っかかったwww。なんかね,入口のところに『満席』とか書いてるんですよ。で,そこにたくさんの人が群がってる。
で,参列者たち必死sgwwww。まぁ,それだけ必死になるのも分かるけどね……。広島ではあの熱狂だったし。長崎でもその熱狂は同じだろうよ。それだけ,原子爆弾ってのが凄まじかったってことなんだと思う。
で,式典開始2分前に,無事に会場の混乱に乗じて陰からこっそり入場。ギリギリ,ギリギリwww。
炎天下の下,1時間立ちっぱなし。でも60年前はもっと暑かったんだろうなぁと思いつつ我慢。式典自体とか,それに集まった参列者とかについて,やっぱり,色々感じることがありました。それはまた後で。
で,終わって久留米へ向かい,大砲ラーメンを食べて大分へ戻りましたとさ。これでこの夏の旅行第1弾は終わり☆
そういえば,この旅行を通して思ったんだけど,田舎に行けば行くほど,主に中高生の様子が悪化する。
今日,久大本線で,当然のように電車の床に座ってパン食べながら飲み物を飲んでいる集団を見たときはびっくりした。まぁ座っている人なら時々見たけど……集団wwwwww。
で,よく見ると日田林工の野球部。坊主頭+日焼けwwwっていうかやけすぎwww。
「そんな様子じゃ甲子園なんて行けないわーなぁ。」と,如何にも年寄り臭い全く非論理的な感想を抱いたwww。
さて,式典について。広島と長崎とで違ってたことから挙げていこう。
まず,広島ではvolunteerを広く活用していたのに対し,長崎では(式典規模も若干小さかったためだろうか)volunteerの人たちがそれほどたくさんは見られなかった。
それから,広島の方が「やり慣れている感」があった。広島でも多分入場制限がかかっていただろうが,広島の場合は場外からでも式典の様子を見ることができたのに対して,長崎では会場の外だと全く何も見えない。多分会場が若干狭いっていう事情はあるんだろうけど,おしぼり・冷水・荷物預かりなどを抜かりなく用意していた広島は,やはりすごい。
ただ,式典の内容は,僕は長崎の方が好きだ。広島では,来賓挨拶の雨あられ(?)だった。総理,衆議院議長,参議院議長,最高裁長官,国連事務総長(代理),県知事……。正直,聞くのがメンドかったwwwww。長崎では,来賓挨拶は総理と県知事の2人だけだった(たぶん)。そして,あの忌まわしき(違)「平和への誓い」by こども代表の代わりに「児童合唱」および被爆者代表による「平和への誓い」が行われた。
この「平和への誓い」が,壮絶だった。壮絶だった。「すご」かった。身震いした。これが被爆者の熱狂なのか。着物を着た,70過ぎの……「人間」が,世界に向けて叫んでいた。これは"老婆"でもないし,"おばあさん"という表現も不適切だろう。原爆というのは,ここまで人を叫ばせるモノなのか。
「被爆者の体験を後世に伝えよう」という話を良く聞くが,しかし,僕は,僕の次の世代へ被爆体験を伝えられる自信がない。自信がない,というよりむしろ,伝えられない自信がある(苦笑)。被爆者の持つ体験は,僕らが伝承できるほど小さなものでは無い気がする。
でも,伝承の努力をすることは大事だし,不可欠だ。とりあえずもうしばらく被爆者の叫びを感じていこうと思うし,あるいは,若干迫力(あるいは臨場感)は無くなるかもしれないけれどもこういう被爆者の叫びを映像mediaに残して後世に伝えればいい……のかな,とも思う。
もちろん,この前書いたように,感情論じゃなくて実質論から原爆・核兵器の廃絶を訴えていくことは大事だと思うし,特に我々の世代にはそちらが向いているのではないかと僕は考える。
で,こどもの合唱も,「がんばったねー」って感じだった。通過儀礼としてもこちらの方が(多くの児童が参加できるため)ふさわしいのかな,みたいな。音は外しまくってたけど児童合唱として聞く分には,元気いっぱいで良かった。【注:式の最後の「千羽鶴」の合唱(中学生?)は,なかなか綺麗に歌えてましたよ。彼女らの名誉のために補足しておく。】
ここからはちょっと別の話。昨日「電車の中でもうちょっと考えてみる」って言ったわけだが、考えた結果、ここに書くにはやはりあまりに危うすぎるので、書かないことにした。
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