書き込み対象の日記
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何なんだこの街は!
今日,広島の平和祈念公園に行った時,昨日の日記に1つ書き忘れたことがあったことに気づいた。
これだけははっきり言っておかなければならない。広島の原爆関連施設でひどく失望した
わけだが,原爆domeはその失望を,平和祈念資料館の展示を全て吹き飛ばすほどの圧倒的な迫力を持っていた。もはや,僕にはあれだけで十分だった。あれは全てを語っていた。その存在感は,あそこでしか,あそこに行かないと感じることができない。長崎の関連施設に行ったときも,あれ以上の迫力は感じなかった。
今朝,平和祈念公園の側のescalatorから地上に出たその瞬間,1年前に感じたその圧迫感が再び僕にのしかかった。60年前の歴史がそこに現前していた。そして,気づいたのだ。
06:38に平和祈念公園に到着。11ヶ月ぶりの原爆dome。
びっくりした。まだ式典開始まで80分もあるのに,人,人,人。関係者の人たち,volunteerの人たち,そして参列者たち。広島市の中高生が,おしぼりの配布やannouncement。まだ朝の6時ですよ。ありえなかった。本当に驚いた。
このenthusiasmはすごい。昨日,「感情論だけで原爆を語るのは無意味だ」ということを書いたわけだが,しかし,このenthusiasmの中では,あるいはこのenthusiasmを引き起こした60年前のあの大きな爆弾の前では,感情が溢れて,それ以外のことが何も考えられなくなっても当然なのではないか,といった印象をうけた。特に,実際にそれを体験した被爆者なら尚更だ。戦争の当時を知る人たちにも困難なのかもしれない。彼らに感情論以外を期待するのはあまりに残酷すぎる。
それなら,僕らがそれをすればいいではないか。我々の世代は,核だとか戦争を知らない。だからこそ,原爆や戦争を相対化して俯瞰的に見つめることができるだろうし,そして「感情論だけではない原爆論・核兵器論」を展開することが出来るだろう。原爆の体験を伝えることが出来ないからこそ出来ることがある,そんな気がする。
僕の大好きな歌の1つ『ヒロシマの有る国で』に,ヒロシマの有る国で しなければならないことは ともるいくさの火種を 消すことだろう
という歌詞がある。我々は何かをしなければならないのだ。
平和祈念式典に参列していた人々,およびそれを運営していた人々の様子は大変素晴らしかった。「すばらしいものが見えた。行ってみて良かった。」と思った。が,式典の内容というか,そういった部分については,ただの自慰行為に見えた。
とりあえず,最初に原爆死没者名簿の奉納があって,そして式辞(広島市議会議長)。奉納は大事だし,式辞はどうせ期待していないのでここまでは良い。(そして当然のように全く不毛な挨拶だったわけだが。)
その後,献花,黙祷。そう言えば,黙祷の時に,遠くでなんかバカがバカをやってた。東京大学の生協前なんかにも,拡声器を使って演説をしている人たちが時々いるわけだが,広島市にはそれを黙祷中にやっちゃうバカがいるのだ。これは新鮮だった。こんなの行かなきゃ分からないw。で,何を言っているかは全く聞こえなかった。とはいえ,どうせバカの言う事なんて聞く必要ないのだ。というかむしろ聞こえない方が日々を健康に過ごしていける気がする。もしかしたら,彼らは正当な主張をしていたのかもしれない。その可能性も0ではない。でも多分,バカはバカなことしか言わないだろう。
そして平和宣言。まぁこんなものだろう。たとえその活動や宣言が実を結ばなくても,それを試みることこそが,広島市にとって大事なことだろう。
で,次が気に入らなかった。こども代表の平和への誓い。ぶっちゃけ,「ガキおつ。」としか思えないのだ。何なんだこの文章は。これはこどもの文章ではない。大人が子供に言わせたい文章,あるいは,大人の機嫌をとることを覚えた小利口なガキの書いた文章だ。まぁ,いわゆる模範解答だな。
具体的には,例えば戦争という身近でない話題に対していじめという身近な話題を並べてこどもの視点をappealしているところ。とても気に入らない。それから,この文章,よく見ると何も言ってないのだ。被爆者の方々の願いを受け継いでいきます。
願いってなんやねん。原爆や戦争をやめろってこと?それを受け継ぐのは当たり前やろ。わざわざここで言うことかと。核兵器の恐ろしさを世界中の人々に訴え続けます。
ヒロシマを語り継ぎ,伝えていきます。
あのさー,まぁそれは正しいことなんだけど,でも,去年の「平和への誓い」で,被爆の悲惨さや平和の尊さを語り継ぎ,世界へ伝えていく努力を続けていくことを誓います。
って言ってるんだよ。おまえらそれしか言いたいことは無いのかと。1998年にもこれからも核兵器の恐ろしさを伝えて行きます。
って言ってるし。
似たようなことを手を変え品を変えて言うだけでいいのか。まぁ,これを1つの通過儀礼として見なせばそれはそれでいいのかもしれないが,それにしても,もっと子供らしい柔軟な発想というか,そういったもので,我々大人には見えてない部分を指摘してほしいなぁ,と思うわけです。小学6年ってのは,そう言った意味では大人になりすぎているけれども,しかし現実社会の状況はまだほとんど分からないっていう,一番中途半端な時期なんだろうなぁ。だから扱いやすくて,ああいった場で傀儡として使われるんだろうなぁ。
まぁそのあとは,オエラいさんたちの話が続いて,あー総理はなにも言ってないなぁとか,最高裁長官はやはり中立的なことしかいえないのかなぁとか,衆議院議長はがんばったなぁとか,っていうかみんなどうでもいいこと言いすぎだなぁとか思いながら,時間は過ぎていったのです。
最後に,『ひろしま平和の歌』の合唱を聞いて,「あー,これ歌いたいなぁ」とか,「でもこれナニゲに歌いにくい!」とか,「これ音楽界でやってもみんな意味わからないだろ」とか。そんな感想を抱きながら,広島を後にしたわけです。
で,音楽会で平和合唱(ピンフではない)をやりたいのですw。曲目は『ヒロシマの有る国で』を考えてるけど,もっとグッと来るものがあればそれもいいかな。夏合宿?Christmas会?それはno-plan☆
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