書き込み対象の日記
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8月5日,金曜日。
京都のhotelを11時ごろ出発し,駅前のInternet caféで本日の宿泊場所(=Internet café)の情報収集をしたあと,大阪へ。炎天下の中歩き回って,お気に入りのお好み焼き屋&たこ焼き屋で昼食。
それから,尼崎から福知山線に乗って,例の電車脱線事故の現場を見に行く。これについては後で詳しく書こう。そのあと姫路に向かって,いつものfood coatでおやつwww。そして広島に着いたのが20:45。やはり中国地方は長いwwwww暇だったので電車の中でloose leafを取り出して量子論w。
で,広島に着いて,Internet café入店まで時間があったので,Quiz Magic Academy 2をやろうと思ったが,ID-Cardを忘れてたことに気づいて激萎え。
そして今はInternet caféから書き込んでいるわけだ。
明日は広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に参列して,そのまま大分県へ。帰省ってやつだ。
福知山線に乗ってみた。
車掌室と運転席にそれぞれ3人ずつ係員が居た。最初は下り線普通列車に乗った【注:事故は上り線快速】のだが,事故のあった尼崎-塚口間はめちゃめちゃゆっくり進行していた。そして,事故車と同じ,上り線快速・同志社前行きへ乗車。先頭車両には僕を含めて7人しか居なかった。
そのうち僕を含めた5人は前方観望乗車で,2人は車両中ほどに座っていた。前方観望乗車の5人のうち僕を含めた3人は,直前の伊丹駅から乗車して尼崎駅で降りていたし,残る2人も運転席張り付き乗車をしていたので,多分この前方観望乗車5人は,日頃から福知山線に乗っているわけではなく,事故現場を実に来た人なのであろう。
快速はおおむね90km/hで走行していたが,事故現場直前でいきなり制動4をかけて60km/hに減速。かなり鋭い減速だったのでビビった。そして事故現場を60km/hでだらだらと通過して,そのcurveの通過後,再び90km/hに戻して尼崎駅へ到着した。
まぁいろいろと思うことはある。
とりあえず,なぜ6人も必要なのか。6人も要らない。単なる人件費の無駄である。他の列車,たとえば同じJR西日本の新快速では運転手と車掌の2人である。福知山線と新快速では何が違うというのか。
運行の危険さから言えば,僕は新快速の方が危険だと思っている。実は今日,西明石から姫路まで,新快速の前方観望乗車をした。電車は西明石を120秒遅れで発車した。発車直後,一気に130km/hまで加速して,それでずっと走り続けた。130km/h,ものすごく早い。その速度で結構キツいcurveをゴゴゴーっと曲がるものだから,脱線したらどうするかを本気でsimulateしてしまった。マジ怖かった。
一部区間が制限110km/hだったのだが,とても上手に減速をして,その区間をちょうど110km/hで進行して,そのあとすぐに130km/hに復帰させた。この運転手のtechniqueにはちょっと感動した。
次の駅・加古川までの所要時間は約8分。こんなにうまく早く運行しているのだから,さっきの2分遅れもかなり縮まってるんじゃないか。。。と思ったのだが,なんと5秒しか縮まっていない。これには驚いた。どれだけぎりぎりの運行を要求しているのだ。。。。。!!!
130km/hでずーっとぶっ飛ばす路線でも,乗務員は運転手と車掌の2人だけ(多分w)なのだ。なぜ福知山線に6人も乗務する必要があるのか。
多分,もう福知山線ではしばらく事故は起きないだろう。絶対に次の事故は福知山線じゃないところで起きる。個人的には,あの新快速はかなり怖かった。。。。。東京の電車は結構ゆとりを持った運行になっているので,こんな過密運行は怖い。新快速の先頭車両には乗りたくない。
福知山線。2両目以降は満席になるぐらい人が乗っているのに,先頭車両はガラガラだった。恐ろしい。
さて,明日は広島原爆の日。
確かに原爆は悪だが,それと同等に,戦争も悪なのだ。戦争だけではなく,真珠湾攻撃も,Afghanistan空爆も,東京大空襲も,原爆とまったく同程度に悪なのだ。もちろん,「原爆は後遺症ものこすし一度に大量に殺すから,普通の空爆とは違うんだ。より悪なんだ。」といわれるとは思っている。で,考えてほしいのだが,「悪の程度が強い」とはどういうことなのか。そもそも,良いか悪いかどちらでもないかという以上の判断は必要なのか。AとBのどちらをやるのか,という場合にはその判断は必要だろうが,そういう話ではない。悪いから止めよう,って話だろう。
僕は,昨年9月に初めて広島を訪れて原爆関連施設に行ったわけだが,そこでひどく失望した。あの施設は,「原爆は凄惨で,たくさんの人が死んで,大変だったんだよー。」ということを話しているだけなのだ。その話では,「あー,大変だったんだー。」という感想は生まれるだろう。しかし,「もう使わないようにしよう。」というところにまで発展できそうな気がしない。日本人なら,自分が被害者だから,その発想に直結する人も多いだろう。しかし,外国人,とりわけ日本に侵略された中国人や韓国人,および原爆を投下した米国人にはどう見えるのだろうか。「でもこっちだって大変だったんだぞ。」「でもこれで戦争が終わったんだぞ。」という意見が,原爆やめよう論に優先しそうな気がする。
原爆関連施設にはもう少し頭の良いものを置いてほしい。たとえば,背景。U.S.A.が日本国に原爆を投下しなければならなかった背景は何なのか。その過程で,おそらく日本が東亜の国々に対して行った侵略活動も語らねばならないだろう。あるいは,原爆を使わなくても良かった理由。考えればいろいろ見つかる。わざわざ地面に放射能を残し,人々を死ぬまで後遺症で悩ませる必要はないはずなのだ。「原爆は必要悪だ」という意見が米国で広がっているのは,これがないからだろう。
で,前回失望して,んで「もしかしたら今回の式典参列で何か見えるのかも。」と思って,今ここにいる。何かすばらしいものが見えるのか,それとも主催者たちの自慰行為にあきれ果てて終わるのか。楽しみだ。
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