書き込み対象の日記
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さて。明日は定期演奏会。
その定期演奏会のpamphletに,音楽に限らず、自ら何かを創り出そうとするとき、それは自己のうちにあるものを表現したいという、なにものにも制約されない衝動に発するものでなければならない。
という記述があって,ちょっとガツンとされた。
合唱を本格的に始めて8ヶ月。一応少しだけ独唱はやっていたものの,合唱なんて殆ど経験が無かったので,そういえばこの衝動を忘れていたような気がした。気づいたら,なぜか頭の中には技術,技術。発声の方法,口の開け方,正しい音とリズム,……。
高校の時の,多分人生で最初で最後になるであろう,pianoのconcoursに出場したとき,特に2曲目の,ChopinのOp.40-2を弾いていたときに頭の中にあったのは,技術ではなく,1音1音の響き(音響も良かったし,ピアノもすごかった)に対する感動と,そしてその感動によって与えられた「次のあの音はこう弾きたい」という欲望だった。
もちろん,実際にその欲望に沿う形で弾けたわけではないのであろうが,それにしても,あの一番最初のCのoctaveの音への感動は,とても印象深い。
そういう,音に対する内的な感情を,この半年間,特に自分が歌っているときに,忘れていたような気がする。
自分が正しい音を取っているのか,正しい発声をしているのかにとらわれすぎて,憂鬱になったり,悩んだりもしたものだが,僕の音楽の原点にあるものっていうのはそういう感動なわけで,もちろん僕だけじゃなく他の人にとってもそうであるのかもしれないんだけど。
もう少しそれに早く気づいて,そういう衝動を中心にして練習していけば良かったんじゃないかな,と,演奏会前日に,ちょっと後悔している。
幸い,人見記念講堂は音響がすばらしい様子で,しかもピアノはSteinway&sons。もちろんピアノを弾く訳じゃないけど。そんなすばらしい音響とすばらしい伴奏の中で声を出したら,すごいんじゃないだろうか,そんな期待を持ち,ついでにその中でまたあの感動が得られればいいなぁ,なんて(演奏会に対する感動は得られるだろうけど,音に対する感動は得られるのだろうか)思う。
で,まだ僕らは今後合唱を続けていくわけだけど,そういう感動やら情動やらを中心にしてやっていきたいなぁ,なんて思ってる。ただひたすら技術,なら,機械にやらせれば良いんですよ。人間にしか出来ないことをしたいなぁ。
今日はもう歌わない。明日から,始めよう。
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