みしょのねこごや

Diary - 2007年9月

       ____

     /⌒  ⌒\

   /( ●)  (●)\   Dirac場を量子化する仕事が終わったお!!

  /::::::⌒(__人__)⌒::::: \

  |     |r┬-|     |

  \      `ー'´     /

         し!     _  -── ‐-   、  , -─-、 -‐─_ノ

Dirac場が    // ̄> ´  ̄    ̄  `ヽ  Y  ,  ´     )   えー?マジー?

         L_ /                /        ヽ  Dirac~!?

 許されるのは / '                '           i 

         /                 /           く     

学部3年生     l           ,ィ/!    /    /l/!,l     /厶,    

        i   ,.lrH‐|'|     /‐!-Lハ_  l    /-!'|/l   /`'メ、_iヽ

 まで   l  | |_|_|_|/|    / /__!__ |/!トi   i/-- 、 レ!/   / ,-- レ、⌒Y⌒ヽ

        _ゝ|/'/⌒ヽ ヽト、|/ '/ ̄`ヾ ,ヽト、N'/⌒ヾ      ,イ ̄`ヾ,ノ!

だよねー  「  l ′ 「1       /てヽ′| | |  「L!     ' i'ひ}   リ

        ヽ  | ヽ__U,      、ヽ シノ ノ! ! |ヽ_、ソ,      ヾシ _ノ _ノ

-┐    ,√   !            ̄   リ l   !  ̄        ̄   7/

  レ'⌒ヽ/ !    |   〈       _人__人ノ_  i  く            //!

人_,、ノL_,iノ!  /! ヽ   r─‐- 、   「      L_ヽ   r─‐- 、   u  ノ/

      /  / lト、 \ ヽ, -‐┤  ノ  キ    了\  ヽ, -‐┤     //

ハ キ  {  /   ヽ,ト、ヽ/!`hノ  )  モ    |/! 「ヽ, `ー /)   _ ‐'

ハ ャ   ヽ/   r-、‐' // / |-‐ く    |     > / / `'//-‐、    /

ハ ハ    > /\\// / /ヽ_  !   イ    (  / / //  / `ァ-‐ '

ハ ハ   / /!   ヽ    レ'/ ノ        >  ' ∠  -‐  ̄ノヽ   /

       {  i l    !    /  フ       

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     /      \

   /  _ノ  ヽ、_  \  いよいよ明日からMaxwell電磁場を

  /  o゚⌒   ⌒゚o  \     量子化する仕事が始まるお

  |     (__人__)    |  Gauge固定の作業はもうこりごりだお……

  \     ` ⌒´     /

It all returns to nothing, so I just keep letting me down, letting me down, letting me down, letting me down, letting me down....


というわけで院試が全て終わった。

とりあえず浪人の可能性は無くなった。Theoretical High-Energy Physicsの道に進むことが確定した。めでたしめでたし。

いろいろめんどくさいことをまだ抱えていたのだが,それらを全部捨てた。大量に捨てた。捨てたらすっきりした。これで迷うことなく電磁場を共変的に量子化できそうだ。しばらくはhep-thに生きようと思う。


というわけで,5月に僕と一緒に牛腸先生のところに行った人は,webmaster@misho-web.comの方に連絡をしていただきたい。連絡事項があるw。


北海道が僕を呼んでいる気がする。

もちろん,目的地は根室。

いちねん

一年は長くて短い。

いつの間にか夏が終わって秋が来ていた。早起きしたらまだ日が出てなかった。

みっみっみらくるっ,みっしょるんるんっ

みっみっみらくるっ!

みっしょるんるん☆ ←気に入りました。みしょです。人生の成績は不可です。

最近は朝起きて群論やって摂動展開して量子化した場の物理量を計算して仕事に行ってRailsと格闘してまた群論やって帰って寝る,という生活が続いています。時々pianoを弾いたりStarbucksで休憩したりします。Blackberry 抹茶 Blended Crème Frappuccinoはナニゲに美味しいです。

立会外分売という言葉が気に入りました。明大前に昔住んでいた者としては,分倍河原に繋がるものがある気がします。たったったちあいっ……がーいぶんっばいっ!

そんな日々です。

東京

最近,東京の街を自転車で走り回ることが無くなった。昔は新宿も四ツ谷も渋谷も自転車圏だったが,最近自転車で走ったのは自宅と学校と秋葉原の間,程度だ。これがここ数ヶ月~1年程度続いている。

自転車で走らないと,東京の道なんてすぐに忘れる。国20,17,246,1,254,明治通り。これらすら最近どこを走っているかよく分からなくなってきた。


羽田

海を見に行こうとして,羽田に着いた。


稚内空港

稚内空港に着いた。いわばぶっとびというやつだ。こんなrichな旅行ができるようになったのも,仕事で貯めた数十万円のおかげ。


樺太食堂

稚内と云えば樺太食堂!!!!!!!!ということで行ってきました。いやぁ……これはやばいw。ウニ丼で有名だけど,このイクラはやばい。こんなイクラ食べたことがない!もちろんウニもふつうに旨いしほたてもやたらデカくて良かったのだけど,イクラ通(?)の僕としてはこのイクラを激しくおすすめしたい。イクラ丼には向かなそうなイクラなので,ウニ丼のついでに食べるといい。こんなイクラは本当に初めてだ。


野寒布岬

波の砕け散る場所。樺太食堂から徒歩3分。

観光地っぽくなくて良かった。周りには黒々としたОхотско海のみ。南樺太は見えず。残念。

そういえば稚内市の観光案内が3ヶ国語で書かれていたのが印象的だった。


野寒布岬つづき

うみねこがきゅうきゅう鳴いていた。

水族館にはクリオネとかベニクラゲがいた。あいつらかぁいいなw。どっちも中身が赤かった。何で赤いんだろ。Hemのせい?ゴマフアザラシがごまごましてた。ペンギンはペンペンしてた。

科学館は値段の割には……というか150円の癖してそれなりに楽しめた。物理系の展示は難しそうだ。


書き忘れ。手を魚に食べられた。あいつらかぁいい。飼いたい。


宗谷岬

宗谷岬に辿り着いた。日没直前の17時14分。北緯45度31分14秒(実測)。

残念ながら曇天なので樺太はうっすらとしか見えない。それにしても黒い海だ。海が青いなんて嘘だッ!!!!


宗谷岬つづき

Busが3時間間隔なので,次の便が来るまであと50分ほど日本の一番北にいることにする。

辺りは真っ暗で,空と海との区別も付かない。雨がパラパラ降っているので傘を買った。

真っ暗な中,観光客が乗った貸し切りbusが来て,写真を撮って,帰っていった。僕には彼らが何をしたかったのかよくわからない。


今(19:35)宗谷岬の超先端に座ってます(/▽\#

あと15分ほどこうしてぼーっと真っ暗な空か海を眺めます。


稚内公園

稚内の最後は稚内公園。……と思ったのだけど,遠い上に高い!!なんだこの登山道……と思いながら真っ暗な中をひたすら登る。これでも脚には自身があるのDA!!

時間的な都合から,氷雪の門・九人の乙女の碑・教学の碑の場所で諦めて下山。

九人の乙女の碑,のもとになったじけんをぜんぜん知らなかったことが恥ずかしい。小中学校では教えてくれなかった気がする。忘れちゃっただけ?それとも対露だから教えないの?

札幌

寝て起きたら札幌にいた。

札幌で朝御飯を食べようと思ったけど,牛丼屋も何も見当たらなかったので駅弁を買ってさっさと離脱。6時2分発旭川行き。雲海がすごい。


滝川

どうして北海道なのに暖かい飲み物が売ってないんだっ!!!!!!!!w


あー漢字間違えた……。


旭川

旭川に着いた。北海道らしい計画都市で,碁盤の目状になっている。Sim cityみたいだが,なかなか生活者には優しく,住みやすそうな街だ。

旭山動物園行きのbusには行列が出来ていた。そんなにすごいのか。

とりあえずこれからau shopで携帯電話を充電してもらって,旭川市をうろうろする。


旭川にて

隣の高校生が,公務員試験か何かの問題を出し合っていた。「日本最北にある島は?」

彼らは択捉島だと言っていたし,問題集にもそう書いてあるのだろうけど,やはり僕には礼文島(あるいは北海道本島)だとしか思えない。

いずれにせよ,それらについては明後日見てくるつもりだ


旭川ラーメン

南永山駅で途中下車して,旭川ラーメン村に行ってきた。行ってきたのだが,生憎日曜日の13時ということでどの店もとても混んでいて,東京の有名店並みの行列だった。「山頭火」までそんな感じだったのでイヤになって,結局駅前にあった店「竹よし」に行った。

10年前に週間現代の評価で北海道東北地区1位になったとのことだったので全く期待していなかったのだけど,麺と汁がとてもよく絡んでいて(まぁ汁がやや濃すぎるという理由もあるのだが),またチャーシューも柔らかくて美味しかった。印象としてはじゃんがらラーメンの少し上ぐらい。

それにしてもラーメン村の行列にはびっくりした。やはりああいうfood parkは,食事施設というよりは観光施設なのだろう。次は曜日と時間帯を見てから来ようと思う。山頭火は(東京でも食べられるし)ともかくとして,一番南東にあった店はどうも美味しそうだった。


上川

いよいよ石北本線,地方交通線になって,道東感が出てきた。もちろん単線,車掌無し,1両編成,非電化。

上川駅で50分待ち。上川駅の周りには何もない。まるでうちの実家の最寄り駅のようだ。15時と云うことで,鐘が鳴っている。ウテナの世界。確かに西の方に鐘らしきものが見えるが,駅からは遠いので行けそうにない。


そういえばこの先は,普通列車と快速列車が各1本,特急列車すら4本しか走らないという,大分ー宮崎県境顔負けの線区らしい。なんとまぁ。


常紋・金華

石北本線は上川~北見間で2つの峠を越える。僕は峠越えが大好きで(とは言っても最近の鉄道は地下を通るけど),土合駅付近とか横川軽井沢間とかは惚れ惚れする。

2つ目の峠では,タコ部屋労働が行われていたことで有名な常紋tunnelを通った。

確かにとてもとても山奥で(携帯電話は当然圏外で),線路もtunnelもぐにゃぐにゃに曲がりくねっていた。

峠越えと同じくらい,僕は「山中の無人駅」というのが大好きで,これまでに結構沢山の無人駅で,暗い中,独りで電車を数時間待ったことがある。と言うわけで,常紋tunnelのすぐそばにある金華駅でもそれをやろうかな,と思っていたのだが,さすがに暗くて寒くて,その上次の電車は3時間後の終電,となるとさすがにヒヨる。だから「金華駅で誰か降りたら僕も降りよう」ということにした。

当然ながら誰も降りなかったので,今回は通過となった。またいつか来よう。


そうだ!冬に来よう!!

流氷を見に来る旅,というのをしなければならないだろうから丁度良い。何年後になるかはわからないけど。

それまでに廃駅になりませんよーに。


北見

北見に着いた。が,本当に何もなかった。東急百貨店っぽいものはあったが,さすがにそこで夕食を食べる気にはならなかったので,Mister Donutで夕食。まるで山形市みたいだ。

1時間ほどでさっさと離脱。


網走

とうとう網走にまでやってきてしまった。網走といえばОхотско海と流氷と網走刑務所。なんという網走。

静かな町だった。網走の町を4kmほど歩いた。まるで冬だ。暖房が必要だ。確かに駅舎は暖房が効いていた。

住んでいる人たちがいた。当たり前だが不思議だ。安部首相のposterが貼ってあった。そうか,ここも日本なんだ。

とりあえずInternet caféについた。


網走つづき

この店はすばらしい。Showerもあるし,椅子も柔らかいし,それでいて値段がなんと1200円。食事には湯水のようにお金を使う分,宿泊代はとにかくケチりたい僕には最高だ。ここは僕の拠点一覧に加わることになった。同等観光の拠点にしよう。

というわけで絶望先生とらき☆すたを見る。そうか!この半年間僕は冬眠してたんだ!これは冬眠なんだ!


これまで僕は,人生は旅である,と思ってきたのだけれど,どうやらそうではないような気がし始めた。旅とは,時間的・空間的な3次元の移動であり,その間には無数の新しい相互作用が生じるdiagramである。しかし人生というのは,時間軸の分割を考えたときに各分割の中では時空各1次元ずつの2次元の移動しか起こらず,またそのpathも規則的であるから可能な相互作用は限られてしまう。

なんか難しいことを書いているようだが,これは僕の頭の中につい最近生じたimageで,うまく日本語に翻訳できていないから難しく聞こえるだけ。言いたいことはきっとものすごく単純なこと。

ともかく,我々の人生の大部分というのは空間的には直線的な移動で,相互作用としてはごくわずかな限られた相互作用のみで,構成されているのだという気がしている。

今の僕はまさに非日常という状況下にいるわけだから,そういうことがよくわかるのかもしれない。

ではなぜ人々はみな生きているのだろうか。これは最近僕が抱えている最大の悩みである。どうして人々は馬鹿正直に生きているのだろうか。どうしてポンと死んじゃったりしないのだろうか。

1つの回答として最近考えているのは,その1次元的な往復運動の果てに何か夢とか希望とか云ったものが「存在」しており,それを目指して走っているのではないか,ということである。もちろんそれらは実存として「存在」してはいない。あくまでも幻想であるのだが,逆にそうでもしないと生きていけないのが人生ってやつなのだ,と。そうなると,夢も希望も何もない僕は生きていくことができないから,先のような疑問を抱くのは当然なわけだ。

もし僕がОхотско海に消えたり,あるいは明後日乗った飛行機が墜落したりしても,あまり心配しないでほしい。どうせ僕は近いうちに死ぬのだから。

網走の朝

朝から網走の街を4kmほど走る。というのも,清々しい朝,Охотско海を見ながら駅までのんびり散歩……のはずが,海岸段丘にやられて気付いたら段丘崖の上。おかげで50分かけて歩くはずだった道を35分で進むことに。電車を逃したら3時間待ちなので大慌てで走る。

それにしても激しい海岸段丘だ。或いは氷河や流氷が形成した地形なのかも。


清里

高原!牛!車窓から牛!放牧!そして圏外w


摩周

加古隆のpiano曲に『摩周湖』というのがある。その曲をここ数ヶ月練習しているのだが,曲の理解が満足でないこともあって,摩周湖を見に行こうと思った。そして摩周駅で降りた。

ところが,降りても何もない。摩周湖まで10kmぐらいだからrent-a-cycleがあるだろうと思っていたのだが,ない。観光案内所は閉まっているし(9時に開いた。),摩周湖行きのbusも10時25分の1本しかない。仕方がないので町を歩いて自転車屋を探すが,さすがに祝日の朝は開いていない。

失望した。ここまで観光地としてどうしようもない場所は初めてだ。「摩周湖観光協会」は有るようだが,このような状況では観光客が来るとは思えない。

例えば岐阜県の関ヶ原では,駅のすぐ前の商店がrent-a-cycleをやっている。そのおかげで,関ヶ原を楽に見て回ることが出来た。博物館も有るしお勧め。

摩周湖は関ヶ原を見習うべきだ。Bus会社に頼ってばかりの観光運営では今後はやっていけないだろう。摩周湖観光のhard面の不備は他のweb siteでも語られているので,それなりに有名なようだ。

最近都市と地方との格差があれこれ言われているが,地方が都市に頼ってばかりでは格差が生じるのも当然だ。もう少し自分たちで頭を使っていかなければどうしようもない。


摩周つづき

結局摩周湖には行かなかった。Busで25分かけて行って,20分間展望台から眺めて,それからまた25分かけて戻ってくる,というバカな計画に乗る気にはなれなかったし,かといって釧路湿原にも行きたいから(摩周湖で2時間観光してbusで戻ってきて)1時過ぎまで摩周に居る,というわけにもいかなかった。今度は折りたたみ自転車を買って,持ってこようと思う。


釧路湿原

釧路湿原駅に降りた。一般に臨時駅と云うのは観光地に『隣接』しているので,降りてみる価値がある。釧路湿原駅も文字通り釧路湿原の中にあり,展望台に隣接している。(釧路湿原には普通の人は入れない。)

釧路湿原はとても広かった。そして秋の気配がはっきりと見えた。見渡す限りの湿原。本当に見渡す限り。残念ながら2つの阿寒岳は雲に隠れて見えなかったが,湿原は広大だった。そして何より,静かだった。虫の声しかしない。音が完全に失われた世界。人間が居なかったら地球は斯くあるのだ。

池袋のSunshine60の上から,似たような景色を見たことがある。Glass越しではない生の地球。そこで見えたのは,見渡す限りの街,建物,車,道路,灯り,そして音だった。この景色の中にどれだけの人が居るのかな,と,同行者と驚き,笑い,考えたものだ。

数百万の人間の『詰まった』,音の詰まった世界と,人間の全く居ない,虫の音だけが聞こえる世界。不思議だった。


釧網本線

釧路湿原から釧路に向かう単線非電化1両編成の電車が鹿と衝突したwwwwww。鹿自重wwww。鹿にしてみれば迷惑な話だwww。


釧路

釧路の街をずずーっと歩いた。夕暮れ時の釧路。

釧路は言うまでもなく港町だが,新潟と同様に,川と共に有る街だ。川と有る街は,例えば新潟や釧路のように橋が美しく,橋から見る夕日とかが綺麗で,市民は川と橋が好きだったりする。或いは我が地元大分県佐伯市は川を中心とした町づくりをしていないが,土手(堤防)は整備されており,土手を通学したり走ったり散歩したりしている人が多く,僕も3年間通学し,走った。僕はあの土手が大好きだ。

釧路市は川を中心とした街づくりを行っているようで,川の側にshopping mallを造り,そこに空港行き/都市間のbus terminalを併設している(Fisherman's wharf MOO)。中にはRoyceや六花亭などの観光客向けの店と,市民向けの店がどちらもあり,いい感じだ。また,MOOの側には幣舞橋があり,川部の遊歩道も歩車分離の下でしっかり整備されている。

MOOでは『さんまんま』という新しい料理?が売られていて,非常に美味しかった。もう少し改善点はあると思う(海苔を巻いたりしておにぎりみたいにして間食的にする,など。)が,釧路の新しい名物に出来ると思うので期待したい。釧路に行ったら是非MOOに行き,さんまんまを食べて(2人ぐらいで食べると間食としては丁度良い。),幣舞橋に行って川辺を歩いて,そして個性的な建築群を見て欲しい。(残念ながらMOOは改装中だった。)

ただ……ちょっと駅から遠いのが最大にして唯一の問題で,空港行きbusもMOO→釧路駅→空港,と運行しているので……それをどうするかは難しいところだろう。まぁ1~2kmぐらいだから,若者はそれくらい歩けと。僕も鞄2つを抱えて歩いたんだから。……今日は結局,15kmぐらい歩いたな。

因みに新潟もまた駅から川(万代橋)が遠い。新潟の川は市民向けであるようだ。釧路は港町だから川と港を中心にしたいのだろうが……難しいなぁ町おこし。


釧路つづき

それにしても涼しい。さすが北海道。17時なのに16℃。もはや冬だ。これから北海道には長くて厳しい冬が訪れるのだろう。釧路も雪に埋まるのだろう。北国だ。


根室

20時27分,根室着。根室はまた何もない街で,若者達がその力を持て余していた……というか,coupleを4組見た。駅の待合室にいたり,街(暗くて寒い。まぁ20時なら普通はこんなもんだ。)を歩いたりしていた。何と羨ましいww。

根室と言えば,誰が何と云おうと根室記念館だ。詳しいことはgoogle。


根室

因みに,根室も稚内と同様に,交通案内が3ヶ国語表記だった。根室と稚内。国境の町。

根室の朝

太平洋とОхотско海,色に違いの有るべからず。

高校生が元気だ。良い街,良い根釧台地。


フラリ

牛も元気だww。


納沙布岬

日本の最東端に着いた。最東端はGPS測位結果によると,灯台があり,座礁した船?がある所なのだが,観光客が殆どいない。というか観光客向けになってない。観光客はここより若干北東にある,北方領土関連施設の付近に多くいて,そこは高度に観光化されている。


北東ちがうw北西やww


納沙布岬つづき

納沙布に着いてすぐ,なんか東京からの観光客集団に巻き込まれてお土産屋に入った。カニの汁(名前忘れたw)とか酢昆布とか昆布茶とかが出てきた。出てきた昆布は棹前昆布の根元から2番目のとこで,2番目に美味しい上級品らしい。(根元の方が美味しいんだって。)なるほど確かに味が良かった訳だ。

観光客の皆様は元気に昆布を買いまくっていたが,僕は朝ご飯を食べてなかったのでサンマの漬け丼。夏季限定(サンマの旬!)だそうで,旬だけあって脂が乗ってて美味しかった。漬け丼にはカニの味噌汁が付いていた。今度は味噌汁!!Luckyだ(/▽\#

その後納沙布岬に行って,北方領土関連施設に行った。北方領土については書きたいことか沢山あるのだがめんどいので書かない。施設は観光地としては良かったが,展示としては微妙だった。バカな国民には観光的な方がウケるのだろう。ちなみに僕は四島一括返還を主張するが,今後考えの変わる可能性が高い。

そして再び納沙布岬でのんびり。日本最東の家は緑色だった。その隣の家は昆布を干していた。日本最東の女子高生に会った。

そして根室に戻り,更に釧路に戻った。


釧路再び

釧路では駅弁を買った。サンマの棒寿司しか無かったのでそれにしたが,やはり駅弁用だからかあまり美味しくなかった。いや,それなりに良かったのだけどやはりFisherman's wharfの「さんまんま」や,或いは納沙布の漬け丼と比べるとどうしてもアレなのだ。

その後,ノロッコ号が入線していたのでとりあえず写真を撮って,電車で大楽毛おたのしけ駅へ。釧路空港行きのbusは,釧路駅ではなく大楽毛から乗る方が圧倒的に(200~300円ぐらい)安くなるのだ。大楽毛からbusで空港へ向かった。


釧路空港

とりあえず六花亭の「マルセイbutterサンド」を買う。そして食べる。僕はこれが大好きなのだ。「日本のお菓子5強」の一角。勿論おみやげ用は別に買った。おみやげはオシゴトさせてもらってる会社に配って,あとは物理学科の控え室に置くつもり。

と,なにやら関西のおばさん達が売店で騒いでいる。まるでdepartment storeのbargain sale会場のようだ。いや,おばさんだけじゃなくて若い女の人たちも騒いでたのだが,まぁ騒いでいるように見えるのは(声の大きい)関西のおばさんである。

近づいてみると,「じゃがポックル」なるお菓子が売られていた。なにやらお一人様1個限りだそうで。家族で来ていた旅行客が本当に1人1個ずつ抱きしめていたのがちょっとウケた。どんだけ人気やん,と。

で,なんか最後の1個がぽつんと残っていたので,つい流れに負けて運命だと諦めて(だってかわいそうじゃん!)衝動買い。その後もおばさん達がじゃがポックルを目当てに来ていたようだが,残念ながらもう売り切れなのだな(/▽\#。

どうやらじゃがポックルはCalbeeの作っている北海道限定商品らしい。そんなに美味しいのかなぁ?あまり美味しそうには見えないけど……。

さて,おみやげを買ったらあとは,飛行機の空席待ち勝負だ。僕はまだ21歳なので,sky-mateの制度が使える。このsky-mateというやつは,航空券がだいたい3~4割引で買える。但し空席がある場合のみで,満席だったら乗れない,という諸刃の剣。まさに大博打。素人には当然お勧めできない。

こう書くと世間の人々は「旅割とか前割とか使えよ」と言うのだろうが,しかし残念ながら僕の旅は常に衝動的。今回の稚内→根室の行程も,出発日の朝に決めたぐらいなのだ。前割の使える7日前なんかには,北海道に行く気すら無かった。だから無理な相談で,逆に予約不可のsky-mateが丁度良いのだ。

今回も釧路→羽田のANA便(17:30)は満席。というわけで空席待ちを申し込む。実は僕はこの空席待ちというのにこれまで外れたことがなく,羽田で3回,宮崎で1回,北九州で1回成功している。(大分空港は満席になることが滅多にないので空席待ちの必要はない。)特に北九州については,まさに最終便の最後の1席,ということで,僕の後ろで空席待ちをしていた人はきっと空港に泊まったのだろう。まぁ相手が悪かったとゆーことだwwwww。

今回は最終便ではなく,しかも20:20のJALにまだ若干空席があるから気持ちには余裕があったのでそれほど焦りはなかった。そしてやはり今回も空席待ちに成功!!「満席」と書いてあっても1人ぐらいなら普通に乗れるものなのですよ。ぶいぶい。

そして北海道の大草原を下に見ながら飛び立って,東京の「光の海」に飛び込む。

あるいみ人生オワタ\(^o^)/

ヽ(´ー`)ノ


それにしても20億円が10年続くのか……!!!すげぇ!!!!!!!!1


Portfolio

東京に戻って資産一覧表を作ってみたら,何と先月同期比より10万円ほど資産が減っている。さすがにこの旅行は高かった……。飛行機代で¥45,000,電車とbusで¥23,000,宿泊費が¥5,000,食費が大体¥15,000。あー,そりゃ10万ぐらい減るわなぁ。やっぱり北海道は遠くて広い!!

Natureのsymposium

Nature編集部のsymposiumに行ってきた。この冬学期の実験では,(学術的には到底無理だが)体裁としては雑誌に投稿出来る程度のものを書くことになる。最初の本格的な論文だ。その意味でも今回のsymposiumは大いに参考になった。


ニコニコ動画

どうやら本当に終わりが始まったらしい。Hardware的にも限界が来ているようだし,software的にも今の改造マリオ(2期)と絶望先生,おお振りが終わったら(ひぐらしが中断したので)本当にどうしようもなくなることになる。

君は自らの命をもって罪を償わなければならない。

どんだけだよwwwwwwwwwwwwwwwww。

絶望した!! 人が他人の命を正義の名の下にどうこう出来る社会に絶望した!!!!!!!!


人の命ってのはそんなに重いものなのだろうか。人間を2体殺して,その上で全く反省せずに生きているからと云って,大上段から「万死に値する」などと叫ぶのは如何なものか。そんなにその2体の人間に価値があったのか。

人の命ってのはそんなに軽いものなのだろうか。大上段から「万死に値する」などと叫ぶことが許されるのだろうか。「万死に値する」というのが貴方の勝手な妄想であると言える余地は無いのか。彼の命をそんなに軽んじても良いのだろうか。


人の命ってのはそんなに重いものなのだろうか。人間を2体殺したのだから,もう1体死んだって2が3になるだけ,どうってことない。さっさと死刑にすればいい。

人の命ってのはそんなに軽いものなのだろうか。かけがえのない命を2つも消してしまったのだ。そのような行為は万死に値する。即刻被告を死刑にすべきだ。


答.司法だとか死刑制度だとかに頼らず,貴方は少年を殺して,そして自殺すればよいのです。これで全ては元通り。矛盾も全く生じない。

天空橋

東の空は霞んでいて,富士山は見えなかった。


いや,だから西だってば。


那覇のMonorail

那覇に着いた。日差しはヒドいけど気温は東京と同じくらい。Monorailは各駅ごとに,琉球民謡から固有の旋律が引かれているようだ。


キョン喜屋武岬と平和の塔

那覇市から沖縄本島の最南端まで,自転車で行くことになってしまった。ついカッとなった。

海沿いを行けば良いものを,ついうっかり7号線を使ってしまい,坂坂坂の連続+炎天で大変だった。最後はこれまたついうっかり獣道を進んでしまい,ヒドく萎えたが,なんとか着いた。海は青かったのか!

因みに北緯26度4分ぐらいで,厳密には最南端でない。

そいえば1週間前の今頃は42度とかの世界にいたなぁ……。


糸満続き

キョン岬(違)に行った後は,そのまま「姫百合の塔」を目指して自転車をこぐ。30分ほどで着く。暑い。

小学校の頃,平和学習の名の下に,町の小中学生全部が弥生町民会館の大holeに集められ,「ひめゆりの塔」の映画を見たことがある。この映画というのが,(もちろん10年も前の記憶だからあやふやなのだが)面白くない上に細部がいい加減で,しかも「戦争はダメだ」みたいな(如何にも小学校教師の好みそうな)messageをやたら前面に押し出している,という本当にどうしようもないものだった。(少なくとも僕の記憶にある限りでは。)しかもその上,他の例に漏れずその映画に対して「感想文を書け」などといわれるのだから困る。まぁ当時の僕は今よりは幾分従順だったので,ちゃんと感想文は書いたのだけど。(感想文の内容については覚えていない。ただ,そういう映画鑑賞のeventに対する感想文で「よく眠れた。」と書いたことが1度だけあるような気がしている。もしかしたらそれが「ひめゆりの塔」だったのかもしれない。)

というわけで,ひめゆりの塔についてのあまり良くない印象と共に,本物の姫百合の塔に行ってきたのだ。が,この展示館の展示が本当にすばらしかった。長崎の原爆展示館もかなり良い施設だが,それと比べても明らかに優れている。いはんや広島のなんだかわからない施設をや。何がすばらしいかって,事実しか書いておらず,更に殆んど全ての事実を書いているからである。実際に起きたこと,当時の女学生の体験談(映像),手記。それだけしかない。しかし不足しているものは殆んど思いつかない。

本来,展示は斯くあるべきなのだ。広島のあれは,事実を重んぜずに,原爆はダメだというmessageを押し出している。長崎は,米軍の証言を展示してある点は優れているが,日本人の証言がいまいち足りない。姫百合の塔は,米軍の証言こそ展示していないものの,日本人の証言については今得られる全ての情報を展示しているだろうし,あるいはその証言には米軍の証言で僕が見たかったものも含まれている。

日本というのは,どうもmessageを強く提示する傾向にあるようだ。そうではなく,事実を与えてそこから自分なりのmessageを考えさせる,という方が教育として優れているのではないか。「姫百合の塔」の展示室で『あのような惨劇を繰り返さないためには教育が重要だ。(注:「戦争を二度と起こさないためには」では無いことに注意。実際に戦争は今も起きている。)』と強く感じた僕には,現在の小学校教育というのは,特に前述の映画の記憶と相まって,「自分で考えることのできない日本人」「お上の言うことを信じる日本人」を量産しているように見えるのだ。62年前までの日本の教育と変わっていない。(ここで「お上」とは,現代ではmass mediaのことを指す。このことは,「お上」が政治家や官僚であった頃よりも問題が深刻であることを意味する。)


キョン岬再び

海に沈む夕日を見てみたくなって,キョン岬に再び行く。相変わらず良いところだが,ここも63年前は戦場だったのだ。この丘陵で「解散宣言」を受けた女学生が逃げ惑ったのだ。暑い。当時の人々はあの崖から飛び降りて自害したのだ。暑い。この丘陵に爆撃が降って来て,至る所に血の海ができたのだ。暑い。そう思いながら進むと,やはりこの地に来て良かった,と思うと同時に,「この崖から飛び降り自殺はできないな」と思った。そして「暑い」と思った。確かに自殺には都合がよさそうなのだが,しかしここで自殺するほどの覚悟(僕にとっての科学と殆んど同様のもの)は僕には無い。

それにしてもすばらしい景色だ。

沈む夕日を眺めながら,色々なことを考えた。素粒子物理学。あの橙色の中では水素が核融合を繰り返している。電弱力とuud。up quarkとdown quarkと電子と光子。そしてあの橙色は地球をひきつけている。graviton。なんという素粒子。我々は海や草や地面や太陽や人間が何で出来ているのかを,もはやその構成物が単離できないほど細かいところまで解明した。そして,「力」という目には見えないものも,その正体が粒子(を媒介とした相互作用)である,とわかった。あるいはわかったつもりになっている。

これってすごいことなんじゃないか。普通に考えて,そんなことは人間には出来るわけないんじゃないか。もしかして今見えているものは創造者が作った防壁で,本当の真実はまだ全然遠くにあるんじゃないか。

ところで僕はその素粒子物理学を理論的に発展させていくことになった。そのstart lineに立つことが出来た。(少なくとも総合研究大学院大学は受かったので。本郷はまだわからないけど。)今まで持っていたものを殆んど何もかも捨てたけど,start lineに立てた。失ったものは非常に多いが,自分を物理に注力させたから,start lineに立つことが出来たのだ。不器用な僕には,物理と他のこととを同時にやるなんてことは出来ないのだ。それでいい。不器用ならば不器用なりに,物理に生きればよいのだ。そしてその後にさっと死んでしまおう。

そういう生き方も良いな,と思った。


そして那覇市に戻った。走行距離は57.45kmに達していた。

那覇

朝イチで首里城公園へ。しかし,開園が8時半だったり,11時から「おどり」があると云うことだったりしたので,国際通りを一回りして自転車を返す,というcourseを先にやることにした。(この瞬間,沖縄にもう1泊することが確定。)


国際通り

国際通りは沖縄随一の繁華街,と聞いていたのだが,ただの観光客向けの商店街だった。お土産目的以外で来る必要はないかな。

まぁ折角来たので……ということで,1年前の落ち穂を拾うことにした。黒☆


首里城公園

自転車を返却して,首里城公園へ再び。中を見て回るが,あまり僕はこの辺の知識を持っていない(冊封体制ぐらいしか知らない)ので,ちょっと萎えた。さっさとこの辺の歴史的知識を蓄え,更に漢文が読めるようにならなければならない,とは,2年程前に日光に行ったときからずっと抱えている課題だ。あのときは東照宮も何も見ず,ただただ塩羊羹を食べまくっていた。それはそれでいいのだけど。

「おどり」はとても面白がった。特に最後の「しゅんどう」は良かった。伝統芸能を保存する試みが斯くの如く続けられていることも嬉しかった。1時間があっという間だった。

そして玉城へ。午後からまた糸満に下る予定なので大慌てで見学。展示室の内容がとても工夫されていて良かった。展示に関しては首里城公園よりもこっちの方がお勧めなので,所詮墓ではあるけど是非ついでに行ってみるとよい。


沖縄県立博物館

沖縄県立博物館は移築のため閉館中らしい……。残念。


歴史民俗資料館

首里城を出て,大急ぎで南下。旭橋BTから50系統で具志頭へ。具志頭には,八重瀬町立具志頭歴史民俗資料館(旧:具志頭村立歴史民俗資料館)があるということで。

具志頭では小学校で運動会が行われていた。その脇にある公民館みたいな施設の2階に,歴史民俗資料館はあった。この具志頭村では,縄文時代の沖縄にいた「港川人」が発見されたとのことで,それを中心に,考古学・歴史学・民俗学の3分野に分かれた展示がなされていた。

この展示というのが,「村立」の資料館とは思えないほど密度の濃いもので,30分で見て回る予定が,全部見るのに100分もかかってしまった。これで村立/入場料200円なのだから素晴らしい。村にこういう施設があるのは教育上非常に良いなぁ,と感動した。

歴史については沖縄の普通の展示内容だったが,考古学と民俗学の分野では具志頭らしい非常に珍しい内容が見られたので,その辺に興味がある人は是非足を運んでもらいたい。旭橋のbus terminalから50系統で50分,具志頭(ぐしちゃん)停留所下車すぐ。


平和祈念公園/平和祈念資料館

具志頭から平和祈念公園までは,bus(糸満ー玉泉洞)で10分弱。あっという間に平和祈念公園へ。

実は平和祈念公園自体には昨日辿り着いていたのだけど,閉館時間直前だったので入館を諦めてたのだ。しかし今日も,到着は16時,閉館まで1時間。というわけで頭をoverclockさせてaccelerandoで見て回る。

流石に県立の平和資料館,言うならば一種の県立博物館なわけで……1時間で見て回れるはずがないじゃないかっ!!!!少なくとも4時間は必要だと思った。標準的には6時間ぐらいが相場だろう。というわけで余りに不本意だが,graspに留めた。

その過程で書いたmemorandumを見ると,私たちも諦めて死を覚悟し,幾度となく正装に着替えたか知れない。とある。また,Cambodiaの教科書に日本軍の従軍慰安府問題が書かれていたことにも驚いた。あと,B29にもビックリした。しかし結局1時間ではその程度しか見られず,殆ど何も考えられなかった。また行かねばならない。

その後平和祈念公園をうろうろする。墓碑。波のような墓碑。Seeleのmonolithを思い起こさせるような。


ところで,この資料館というのは何とも豪勢な建物だ。海に面した城か別荘か。これを建てるとき,さぞ建築会社は儲かったのだろうなぁ。日本人はこういう理由を付ければバラまき金権政治にも何も文句を言わない気がする。今後の参考にしようと思った。


そしてtaxiで那覇へ。何故僕がtaxiを使ったのかは,ヒミツ。

昨日泊まったマンガ喫茶が本当に最悪だった(どこからか重低音が響いてきてさっぱり眠れない。)ので,今日はhotelに泊まることに。なんと4000円という格安hotelなのだが,Joyfullが併設してあり,しかも宿泊客はbeerとおつまみとdessertが無料ということなので素晴らしい。更に素晴らしいことに,部屋も広かったし,amenityは完備,bath有りtoiletも温水洗浄機付きという素晴らしさ。更に洗濯施設もあり,洗濯200円,乾燥30分100円という破格の安さ。これなら,4000円払っても,大阪の2500円の(いつも僕が使っている)hotelに匹敵するcost performanceだ。

というわけで,3ヶ月ぶりにお酒を飲んで,洗濯をして,非常にぐっすり眠った。

鹿児島へ

今日は移動日。一気に大分の家に帰省する。というわけで朝から鹿児島に飛ぶ。

那覇空港はまるでUnited Statesだった。今回も相変わらずのskymate。この時期に僕が北海道やら沖縄やらに行ったのは,skymate割引があと3ヶ月程で使えなくなる,という事情が大きく絡んでいるのだょ。

1時間半程で鹿児島入り。鹿児島は意外と遠かった。東京ー大分ー沖縄はかなり等距離なのかも。まぁともかく鹿児島だ。これで,大学生になって行った場所がとうとう39都道府県になった。あと8つ。


鹿児島

鹿児島ではラーメンと白熊を食べた。白熊は「天文館むじゃき」という有名店に行ったのだが,何というか,「衰退の始まった名店」というのの典型例だった。まぁまだまだ美味しかったけど。

そして鹿児島から特急で宮崎へ。Nice Going.


宮崎

宮崎には75分の滞在。まぁ大分の隣だからそれほどしっかり見る気はない。来年からは宮崎空港にお世話になるので,ここに来る機会も増えるだろう。

駅にある定食屋で,冷や汁とchicken南蛮を食べる。県を代表する駅の中にこのように県の郷土料理を食べられる店があると,非常に嬉しい。例えば同様の例は,仙台・名古屋・広島・釧路に見ることが出来る。ただし釧路は駅ではなく,駅から2kmほど離れたbus terminal。また,他の3駅は「最高の店」ではなく,あくまでも観光客向けの店であることに注意。

冷や汁もchicken南蛮も美味しかった。特にchicken南蛮についてはかなりのもので,是非食べてみることをお勧めする。


あ,敦賀と富山と秋田にも有った。忘れてた。


大分へ

そして宮崎から大分まで鈍行の旅。宗太郎越えを含めて4時間半。まぁ2500円ほどなのだから良い。Nice Going.

車窓から直川の町並みが見えたり(ただし真っ暗),番匠川や3年間通った通学路,更には高校の運動場が見えたりして,1人で勝手に盛り上がった。


大分に着いたので,これで僕の旅はおしまい。

終了

東大受かったヽ(゜▽゜)ノ

あの面々との戦いになったときから,第1志望に受かることはまずあり得ないだろう,と思っていたのだけど,何故だか知らないけど第1志望に受かってしまった!! 柳田教授~っ!!!!

というわけでやっとのことでstarting line。But when I got up to the starting line, my legs were flozen with fear....ではないが,これからだ。如何にして自分らしく研究が出来るか。素粒子物理学をどうhackできるか。一つはやはりQCDだろう。場の量子論の勉強を急ごう……。早くQCDを!!


もし今死んだら,「合格直後に死亡」とかでいろいろ言われそうだけど,それでも死ねるに越したことはないのですから,死はいつでも歓迎致しましょう。

僕の生には意味はないのです。


早く死なないかなぁ……。もういい加減飽きたんだけどなぁ……。

都合良く飛行機事故も起きないし,地震も起きないし。(でも地震では死にそうにない。)

あぁ……僕はあとどれだけ生きねばならないのか。めんどくさい話だ。

満月が綺麗だから明日東京に帰ろう。


あさひる

ちょwwwwwwwアサヒ大人気だなwwwwww。「アサヒる」誕生してまだ1日しか経ってないのにwwwwwww。

ちなみに僕はもちろん日本経済新聞。なぜなら,内容が馬鹿向けじゃないからですw。


あさひる2

ニコ動に早く「人として軸がアサヒってる」がうpされないかなぁ、と期待。

あさひる続報

「アサヒる」大人気だなwwwwww。

おまけ:http://asahiru.com/


あさひるまとめ

なんか2chでも様々な用法が出てきて混乱してるから,色々な情報源を見てそこで「アサヒる」がどのように使用されているかを詳細に分析してみた。

あさひ・る

強勢位置 … [3]:[3] 「さげすむ」と同じ

〈語源:朝日新聞社の「アサヒ」から〉

一.(自五)(1)《本義》朝日新聞やテレビ朝日の行っているようなことをする。(2)事実でないことを事実のように拵えて言い触らし,他人を悪く言う。(3)嘘をつく。

二.(自五)自国を非難し,一方で特定の他国を擁護する。売国的行為をする。

三.(自五)〈……(ダレ)ヲ〉弱った人に対し,追い打ちを掛けるように執拗に非難する。

四.(他五)(1)捏造する。(2)自分の都合の良いように修正する。

なお,本稿はアサヒるという単語がどのように使われているかを調べたものであり,特定の主義・主張を宣伝するためのpropagandaではない。

物理学専攻 院試過去問集

院試も終わったので,先日から院試の過去問集のTeX source codeを読んでいる。TeXnicianとして,お世話になったのだから少しは還元しておこう,と思ったのだ。が,余りにもイライラする。このcode群は,非常に読みにくい!

過去問集なんてのは,後輩がどんどん後ろに付け足していく種類の文書(program)だ。だから,可読性というのが最も大事になってくる。それなのに,何故かglobalなstyle fileに\def\Annihilate#1{\hat{#1}}とか\def\Iint#1{\int_{\nsub{-\infty}}^{\nsub{+\infty}}{#1}\,\,}とかいう定義がある。いや,あるのならまだいいのだが,「使い方」みたいなfileがどこにも存在しない。一体こんなmacro,誰が使うのだ。Globalな場所に置くのならそれなりの配慮が要るはずだ。

ちなみにその下は,継ぎ接ぎだらけでとてもspaghettiなことになってるので,あまり読む気がしない。一気にrefactoringしてしまおうかと考えている。

朝日新聞がまたアサヒってる件について。

最近僕の周り(On the Internet的な意味で)で流行っている「アサヒる」ですが,どうして「アサヒ」なんだろう,とお思いの方も多いと思います。「これじゃあ一般人には流行らないなぁ……。」と残念に思っていたところ,驚くべきかな,今朝のNews報道でもまた朝日新聞社がアサヒってたようなので,「アサヒる」の良い具体例として書き残しておきましょう。

今朝の日経新聞に次のような記事がありました。

「男性殺した」出頭の男逮捕 --- 中野,拳銃所持

警視庁中野署は28日,「男性を殺した」と拳銃一丁を持って出頭した東京都中野区中央4,韓国籍の無職,李弘吉容疑者(59)を銃刀法違反の現行犯で逮捕した。

李容疑者の供述を基に自宅マンションを調べたところ,八王子市別所1,職業不詳,菊池健一さん(58)が頭から血を流してあおむけに倒れ,死亡しているのが見つかった。同署は殺人の疑いもあるとみて追及する。

日本経済新聞2007年9月29日(日刊)(14版)43面中央付近より

読売新聞もこの事件を報じており,そこには次のように書かれています。

28日午後1時ごろ,拳銃を持った男が警視庁中野署を訪れ,「自宅のマンションで知人を撃ち殺した」と自首した。

同署が,この男が住む東京都中野区中央4のマンション5階の一室を調べたところ,玄関付近で,男性が額を撃ち抜かれて死んでいた。

男性は八王子市別所の職業不詳,菊地健一さん(58)で,同署は,男を銃刀法違反の現行犯で逮捕するとともに,殺人容疑でも追及する。

逮捕されたのは,韓国籍で,指定暴力団住吉会系の組員を名乗っている李弘吉容疑者(59)。持っていたのは38口径の回転式拳銃で,菊地さんは死後数時間しか経過していないことから,28日の午前中に撃たれたとみられる。李容疑者は調べに「菊地さんと金銭トラブルがあった」などと供述しているという。

毎日新聞も同様の報道で,調べでは,男は韓国籍の暴力団関係者,李弘吉容疑者(59)。と報じていますし,産経新聞もやはり調べでは,男は韓国籍で自称,暴力団関係者の有本弘吉こと李弘吉容疑者(59)。被害者は58歳の男性とみられ,警視庁で身元の確認を急いでいる。報じています

さて,ではいよいよ我らが朝日新聞の記事です。

マンションに男性遺体 居住の男を拳銃所持容疑で逮捕

28日午後1時ごろ,東京都中野区中央4丁目,無職有本弘吉容疑者(59)が,「自宅で拳銃で人を撃ち殺した」と実弾入りの拳銃を持って中野署に自首した。調べたところ,マンション5階の部屋で男性が頭から血を流して死亡していた。同署は有本容疑者を銃刀法違反(加重所持)容疑で現行犯逮捕。「仕事上のトラブルから殺した」と供述しているといい,殺人容疑で調べる。

調べでは,死亡していたのは東京都八王子市別所1丁目,職業不詳菊地健一さん(58)。有本容疑者は住吉会系の暴力団関係者とみられる。菊地さんは頭に銃弾1発が貫通したとみられる傷があり,死後それほど時間はたっていなかった。拳銃は38口径の回転式で,同署は入手先を追及する。

朝日新聞社のweb siteより

さすが朝日新聞!これだと犯人が韓国人だってことが完全に隠蔽できてますね!! 韓国籍なのに「有本弘吉」。これ韓国語でなんて読むんでしょ。

日本国に帰化した人なら「有本弘吉」の方が適当なんだろうけど,韓国籍なのにこれですからね。さすが朝日新聞。僕の予想の斜め上を行ってくれます。

こういう報道をすることで,バカな読者は「日本も治安が悪い国になったなぁ」とか「日本人が銃を打ちまわすようになったのか」とか感じるのでしょうね。でも大丈夫ですよ。この人殺しは,韓国籍の韓国人らしいですから。まぁ,日本人にも人殺しは沢山いますけどね。

ちなみにこの「アサヒる」の用法は,おとといの定義の2番目,自国を非難し,一方で特定の他国を擁護する。売国的行為をする。の意味です。

本当にもうさっさと死んでしまった方が良いんじゃないかと思う。


今日も一日学校で勉強。ももちゃんには申し訳ないことをした。

だからさっさと殺していただけるとありがたい。